大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)1124号 判決 1976年5月10日
原告
八代武雄
被告
株式会社古家商店
ほか一名
主文
被告株式会社古家商店は、原告に対し、金九五万四七七〇円およびこれに対する昭和四六年三月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告古家善次郎に対する請求および被告株式会社古家商店に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告と被告古家善次郎との間に生じた分はこれを全部原告の負担とし原告と被告株式会社古家商店との間に生じた分はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その一を被告株式会社古家商店の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告らは各自、原告に対し、金八四七万五七〇〇円およびうち金三九〇万円につき被告株式会社古家商店は昭和四六年三月三一日から支払済まで、被告古家善次郎は同年五月一八日から支払済までそれぞれ年五分の割合による金員を、残金三五七万五七〇〇円につき被告両名は昭和五〇年七月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和四五年九月一七日午前一〇時四〇分ごろ
2 場所 大阪市住吉区喜連町一四九九―四
3 加害車 小型貨物自動車(泉四は八四四八)
右運転者 訴外橋本紀夫
4 被害者 原告
5 態様 原告が自転車を操縦して南進し、自宅前付近で進行してきた道路を東から西へ横断中、南進してきた加害車が原告に接触し、原告を転倒せしめ、負傷させた。
二 損害
1 受傷、治療経過等
(一) 受傷 頭部外傷Ⅰ型、頸部捻挫、頸椎症、右大腿大転子骨折、屏骨々折、右手月状骨亀裂骨折、右肩胛関節打撲等
(二) 治療経過
昭和四五年九月一七日から昭和四六年四月一日まで正和病院に入院
昭和四六年四月二日から昭和四六年一一月一九日まで正和病院に通院
2 損害補償の合意
被告会社は、本件事故当日たる昭和四五年九月一七日専務取締役藤本英二を代理人として、原告方に寄越し、原告の右事故による受傷について、原告が営業を再開しうるまで、その休業補償として月額金一五万円(休日を含めて一日金五〇〇〇円の割合で)を支払い、なお治療費は一切被告会社において負担し、原告には迷惑をかけない旨を約し、原告の正和病院入院について、右藤本専務はその保証人として入院手続をした。而して、被告会社は右契約に基づき、同年九月二二日から同年一二月三〇日まで八回に右休業補償のうち四〇万円は支払つたが、その後右契約を全く履行しない。
よつて原告は右契約に基づいて左記(一)、(二)の金額を、また右契約不履行による損害賠償として同(三)ないし(七)の金額をそれぞれ請求する。
(一) 金一七七万円 休業補償金残
昭和四五年九月一七日から昭和四六年一一月までの休業補償月額金一五万円(休日を含め一日金五〇〇〇円)合計二一七万円より被告が昭和四五年九月二二日から同年一二月三一日までに原告に支払つた金四〇万円を控除した残額
(二) 金四一万二五〇〇円 付添看護費
昭和四五年九月一七日から昭和四六年二月二八日まで一日金二五〇〇円の割合による一六五日分
(三) 金一〇四万四四〇〇円 減収損害
昭和四六年一二月から昭和四八年一月まで、原告は訴外大機工業株式会社に勤務(妻と共に住込み)、月額金五万円の給与を受けた。
原告が従前通り理容店を経営していたら得られる平均月収一五万円のうち営業経費として二万五四〇〇円を要するので、純利益たる残一二万四六〇〇円より前記五万円を差引いた月額減収分は七万四六〇〇円となるところ、
その一四ケ月分
(四) 金一二四万八八〇〇円 減収損害
原告は昭和四八年二月から昭和五〇年五月まで、竹下工業所に勤務(妻と共に住込)、月額八万円の給与を受けたので、減収損害は月額金四万四六〇〇円となるところ、右期間二八か月分の減収損害は右金額となる。
(五) 金二〇〇万円 理髪店々舗再調達費
原告は被告が右契約を履行しなかつたため、その生活費にあてるために理髪店舗を処分した。
ところで、原告は理髪営業を再開したいと考えているが、右同程度の店舗を現在再調達するにはその後の物価上昇により最低限度右金額の資金が必要である。
(六) 慰藉料 一〇〇万円
被告の契約不履行のため、理容店を廃棄処分し、転業により原告が受けた精神的肉体的苦痛に対する慰藉料
(七) 弁護士費用 一〇〇万円
3 仮に右契約の成立が認められないときは、二次的な責任原因として
(一) 運行供用者責任(自動車損害賠償保障法三条)
被告会社は、加害車を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。
(二) 使用者責任(民法七一五条一項)
被告会社は、訴外橋本紀夫を雇用し、同人が被告会社の業務の執行として加害車を運転中、進路前方不注視(脇見運転)の過失により本件事故を発生させた。
よつてこれらにより右請求金額の支払を求める。
4 代理監督者責任(民法七一五条二項)
被告会社はいわゆる個人会社であつて、被告古家は被告会社の代表者として、会社の経営、管理について従業員の選任、監督に至るまで同人が全権を掌握しているから、右訴外橋本運転手および会社の事業を会社に代つて監督すべき責任を負うものであり、本訴請求の損害賠償について、被告会社と同一の責任を負うものである。
四 本訴請求
よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。
第三請求原因に対する被告の答弁
一の1ないし5は認める。
その他は不知ないし争う。
ただし被告会社が訴外橋本を雇傭し、かつ加害車両を所有していること。被告古家が被告会社の代表者であることは認める。
被告らが原告に対し、損害賠償の約定をしていることは否認する。
第四被告の主張
一 免責
本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものであり、被告には何ら過失がなかつた。かつ加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告には損害賠償責任がない。
すなわち、本件加害車両を運転していた訴外橋本紀夫は本件事故現場付近を時速約三〇ないし四〇キロメートルで南進していた。原告も事故現場付近を自転車に乗つて同じく南進していたので、右訴外橋本は原告の自転車と接触しないように、道路の中央寄りを南進して本件事故現場にさしかかつたところ、約四ないし五メートル前方を南進していた原告がいきなり自転車を右折させ、訴外橋本運転の自動車の前方に飛び込んできた。
原告は全く不意に右折したのであつて、右折する際後方を振り向いて後続車両との安全を確認しなかつた。また原告が右折した地点は横断歩道でもない。
右のようにいきなり進路前方に飛び込んでこられた場合、後続車との事故は不可避である。
訴外、橋本紀夫は決して前方不注視も、脇見運転もしていないのであつて、同人には本件事故発生について何らの過失もない。
二 過失相殺
仮りに免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については原告にも前記のとおり過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。
三 損害の填補
本件事故による損害については、原告が自認している分(本訴請求外)を含めて、次のとおり損害の填補がなされている。
1 正和病院治療費として金九万二七四五円
2 朝田医院治療費として金八、〇〇〇円
3 原告に対し、昭和四五年九月一八日から昭和四六年一二月二八日までの間に合計七七万円
証拠〔略〕
理由
第一事故の発生
請求原因一の1ないし5の事実は、当事者間に争がない。
問5の事故の態様の詳細(過失の有無を含む)については後記認定のとおりである。
成立に争いのない甲第五、第六号証に、
証人橋本紀夫(第一、二回)、原告本人(第一、二回)各尋問の結果を綜合すると、次の事実が認められる。本件事故発生現場附近の道路状況は、道路全幅員一一・七メートル(うち車道幅員は八・七メートルでその中央にセンターラインが設けてある)のアスフアルト舗装された平坦な道路で、北から南へは直線状で前方、左右いずれも見とおしを妨げるものはない。右道路のうち車道をはさんで東側には幅二・七メートル、西側には一メートルの歩道があり、右車道と歩道との間にはブロツク状の区分石が置かれているが、歩、車道の間には高低の差はない。
本件事故現場あたりには本件道路と交差している道路はなく、それぞれ事故現場から南北に約一〇〇メートルくらい先で、東西道路と交差している。
そして人家の存在状況も右北寄り交差点近くではかなりあるが、事故現場あたりは両側とも少ない。
ところで、訴外橋本は右南北の直線道路(当時晴で路面は乾燥していた)を加害車(車幅一・五七メートル)を時速約四〇キロメートルで運転してセンターテインより約一メートルの間隔を保ち、南行き車道東端から約一・四メートルの余幅をおいたあたりを走行(当時同人は被告会社の業務に従事中で荷台には魚を三〇キログラム位積んでいた)していたところ、自車前方約一六ないし二〇メートルの地点において、はじめて自転車を操縦して南行車道東端を走行していく原告を認めたが、あたりには本件道路に交差して東西に通じている道路もなく、また同人が右折する合図もしなかつたので、警笛吹鳴もせず、それ以上に同人の動向に注意を払うことなく進行したところ、同人と約八・七メートルに接近した地点に至つて橋本が気づいたときには原告が後ろも振返らず、いきなり右折しはじめたので、右橋本も急いでハンドルを右に切り、さらにブレーキをかけてこれとの衝突を避けようとしたが及ばず、自車左端から約四七センチメートル中央寄りあたりで自転車およびこれを操縦していた原告の右腰部に接触して転倒させた。
原告がこのような道路状況のところで右折したのは、事故現場道路西側から南へ三〇メートル足らずのところにあつた自宅に帰るためであつた。
このように本件事故の場合、原告においても右折時に予め後方の状況を確認したうえ右折の合図をしつつ本件道路における右折横断を開始すべきであるのに、その合図を怠り不意に右折を開始した点の非難は免れないが、一方自動車運転者たる訴外橋本としても、自車が右折後本件道路を南進しはじめたところから、本件道路上の見とおしを妨げるものもなかつたのであるから、進路前方を注視していればもつと手前から原告自転車の存在に気づき得たのみならず、もしそのままで自転車と車が並んで走行した場合には危険を感ずる状況であつたから、少しく中央寄りに進路をとつて十分な側方間隔を保持しつつ、以後その動向に注意していれば、原告が合図こそしていないが右折開始前に一旦後ろを振返つた(後ろを振返つたあと二メートルくらい先から右折しはじめている)ことも気づけた筈であり、そうすれば減速、警笛吹鳴等の危険回避措置もとり得たこと。
さらに右折開始発見後においても、ちようど一時対向車線内に入つても対向車線内は空いていたと認められるので、この場合緊急の事故回避措置として、ハンドルを深く切つて対向車線内を通過するなどして本件事故の回避はできたと考えられるから、これらの義務および回避措置を怠つた訴外橋本にも過失があつたとみることができ、右過失に起因して本件事故が発生したと認められる。
第二受傷、治療経過等
原告本人尋問の結果(第一、二、三回)およびこれと弁論の全趣旨によつて、真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、甲第七、第八、第九号証によれば原告は本件事故により頭部外傷Ⅰ型、頸部捻挫、右大腿骨大転子骨折、右腓骨々折、右手月状骨亀裂骨折、右手関節打撲挫創、右上肢下肢擦過打撲、右肩胛関節打撲の傷害を受け、さらにこれらの傷害により、外傷性頸部症候群、外傷性頸部神経症、外傷性右肩胛関節炎を併発して結局昭和四五年九月一七日から昭和四六年四月一日まで正和病院に入院するも、頭痛、頸項部痛、頭部異和感、イライラ感、右四肢知覚異常、骨折部疼痛等をおぼえ、翌四月二日以後昭和四六年一一月一九日まで通院して加療を続けた事実が認められる。
第三責任原因
一 そこで、右傷害治療中の原告の休業補償契約の点についてみるに、証人本間久也の証言およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第四号証、成立に争いのない甲第一六号証、乙第三号証の六および九、証人青木好治の証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)に弁論の全趣旨を綜合するとつぎの事実が認められる。
事故当日の午後当時の原告方店舗において、被告側からは藤本英二が出向いて原告との間で本件事故のことで話合いをもつた際、原告が理容店を開いていたが、本件事故による受傷のため休業せざるを得ないので、右傷害治療のための費用と当面月額一五万円(一日当り五、〇〇〇円)程度の休業補償を出してほしい旨申出でたところ、藤本においてもこれを受け入れて暫定的に休業補償として月一五万円、治療費も被告において負担する旨の合意が成立した。
しかしこのときの被告側の見込みは原告の傷害治療がそう長びくものとも思つていなかつたので、前記の如くこれを承諾していたが、その回復がはかばかしくなく、治療が長びく見込みとなつたので、被告側から昭和四五年一二月三一日に金一〇万円を原告に支払つた際に、以後治療費に関しては原告において国民健康保険への切換を検討する。なお今後の損害賠償については昭和四六年一月中にさらにしかるべく協議することとして、従来支払つてきた休業損害の支払を一応打切つたこと。
証人青木好治の証言中右認定に反する供述部分はにわかに信用できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
以上の事実に鑑みれば、休業補償のことで原告主張の如き話合いが行なわれたというその話合いの内容は前認定の如きものであり、それも昭和四五年一二月末日をもつて解約されたものと認められ、本件交通事故によるそれ以降の原告の損害およびその賠償責任の有無については右合意の効力は及んでおらず、自から別途に判断さるべきものである。
そこで、原告が二次的に主張する責任原因についての判断に及ぶ。
二 運行供用者責任
被告株式会社古家商店が加害自動車(泉四は八四四八)を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた事実は当事者間に争いがないところ、本件加害自動車運転者たる訴外橋本に右自動車の運行に関して過失があつたことはさきに認定したとおりであり、従つて被告会社の免責の抗弁は理由がない。
そうすると被告会社は自動車損害賠償保障法三条により本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
三 使用者責任
被告株式会社古家商店が訴外橋本紀夫を雇用し、同人が被告会社の業務の執行として加害車を運転中、進路前方不注視(脇見運転)の過失により、本件事故を発生させた事実は、過失の点を除き当事者間に争いがなく、過失の点については前記第一で認定するとおりであるから、被告会社は民法七一五条一項により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
四 代理監督者責任
民法七一五条二項にいう「使用者に代りて事業を監督する者」とは客観的にみて、使用者に代り現実に事業を監督する地位にあるものを指称するものと解すべきであり、使用者が法人である場合において、その代表者が現実に被用者の選任、監督を担当している時は、右代表者は同条項にいう代理監督者に該当し、当該被用者が事業の執行につきなした行為について代理監督者として責任を負わなければならないが、代表者が単に法人の代表機関として一般的業務執行権限を有することから、ただちに同条項を適用してその個人責任を問うことはできないと解するを相当とする。
したがつて、被告古家善次郎をもつて、同条項にいう代理監督者であるとするためには、同被告が訴外橋本紀夫の使用者たる被告株式会社古家商店の代表取締役であつたというだけでは足りず、同被告が現実に右被用者橋本の選任又は監督をなす地位にあつた事実をその責任を問う原告において主張立証しなければならない。
ところが、かゝる具体的事実については原告から立証があつたとみられないばかりか、却つて証人青木好治の証言によれば、右橋本は同証人の監督下にあつたことがうかがわれるのであつて、いずれにしても原告の被告古家に対する本訴請求はすでにこの点において理由がないものとして棄却を免れない。
第四損害
1 治療関係費
入院付添費
原告が一九七日間入院したことは、前記のとおりであり、原告本人尋問の結果と経験則によれば、原告は前記入院期間のうち一六五日間(事故当日から昭和四六年二月末日迄)付添看護を要し、その間妻が付添い、一日一、二〇〇円の割合による合計一九八、〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。
2 逸失利益
(一) 休業損害
原告の月額営業収入について、原告本人尋問の結果(第一第二回)によれば、良い時で月一七万円、悪い時で一五万五〇〇〇円、月一〇万円を下ることはない旨の供述部分があり、甲第三号証にも月額一五万円以上の収益があげられる旨の記載があるけれども、この収入額、さらに必要経費を控除した純利益額について納税申告もしておらず、以前にしていた申告額も他人に任せていたので忘れたとも述べ、さらに必要経費もその明細は大まかに過ぎ、あるいはあいまいで原告の純利益がいくらであつたと認定しうるに足る証拠はない。
(例えば、原告が七万五〇〇〇円の経費が必要という中には月賦の支払金が含まれたりして本来経費でないものが含まれていることは弁論の全趣旨から明らかである。)しかし、原告が理容店を経営していたことに前記原告本人尋問の結果を綜合すれば、少くとも原告と同年代の男子労働者の平均賃金程度の収入(純利益)があつたことはこれを優に認定できる。そうすると、原告は事故当時五八歳で、理容業を営み昭和四六年度男子労働者(五八歳)の平均賃金である一か月平均一二〇、五七五円程度の収入を得ていたが、本件事故により、治療のため昭和四六年一月一日から昭和同年一一月一九日まで休業を余儀なくされ、その間合計一二八万二一一四円および事故発生日たる昭和四五年九月一七日から同年一二月末日迄についてはさきに認定した休業補償の合意に基づいて三か月と一四日分合計五二万円(以上総合計一八〇万二一一四円)の収入を失つたことが認められる。
(二) ところで原告主張の休業補償契約なるものの内容が前認定の如き特に補償期間も定めていない一時的暫定的なものであり、しかも昭和四五年一二月末日をもつて解消されておるのであるから原告が昭和四六年一月一日以降も右契約の存続していることを前提としている減収損害等の各請求(請求原因二、損害、2、(三)、(四)、(五)、(六)、(七))は右契約の効果ないしはその契約上の債務不履行の効果として請求する限りにおいてはいずれもその前提を欠くので理由がない。
(三) さらにこれらの損害を不法行為によるものとして請求し得るかについて考えるに、原告本人尋問の結果(第一、二、三回)によれば、
原告は昭和四六年一一月一九日に正和病院への通院治療を打切り、昭和四六年一二月一日から昭和四八年一月まで大機工業株式会社に勤め、帳面づけ、社員の朝晩の出入、外注者において物を持出したりしないよう監視等の業務に従事、さらに昭和四八年二月から竹下工業で、溶接、ガス切り、日報つけ、等をしていること、右通院打切後原告の労働能力を相当程度減弱するような後遺障害があつたともうかがえないこと(弁論の全趣旨による)、後記認定の原告が理容店を処分した事情等を考え合せると、本件交通事故と原告のこれら二つの勤め先で得た収入と理容店をやつていたら得たであろう収入との差額(いわゆる減収)との間にはただちに相当因果関係があるとは認められないので、これらは被告らに請求し得る損害とはいえない。
(四) およそ不法行為による損害賠償についても民法四一六条の規定が類推適用され、特別の事情によつて生じた損害については、加害者において、右事情を予見しまたは予見することを得べかりしときに限つてこれを賠償する責を負うものと解すべきであるのみならず、原告本人尋問の結果(第一、二、三回)によれば、原告は昭和四五年三月に新家を権利金を入れて借り受け、店舗に改造し、月賦で理容設備器具一式、クーラー等を購入したうえ、理容業を営んでいたが、本件事故により休業して収入が得られなくなつたため、月賦金の支払ができず、割賦販売元が代金完済まで所有権を留保したうえ、原告に引渡していた商品を引き掲げたりしたので、当時借金もあつた原告としては、一応それらを清算すべく、昭和四六年一一月ころ店舗を処分したところ、大きな損害もなく、とんとん(もとに納まつて損失を出さなかつたこと)だつたことが認められるのであつて、右事実からみれば、原告が店を処分せざるを得なくなつた事情はとにかくとして、それによつて特に財産的な損害(入手時に要した金額より処分して得た金額が少ない)が発生したとは認められない。原告本人尋問(第三回)の結果中右認定に反する店舗改装費用は敷金を含めて二〇〇万くらいであり、一七〇万円で処分したので三〇万円くらいの損害がある趣旨の供述部分は同人の第一、二回の尋問結果および弁論の全趣旨に徴してにわかに信用できない。また原告主張にかゝる店舗再調達費についてはもはや本件事故と相当因果関係のあるものとは認められない。
三 慰藉料
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、その他弁論に現われた諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は七〇万円とするのが相当であると認められる。
第五過失相殺
前記第一認定の事実によれば、本件事故の発生については原告にも右折横断にあたつての後方の安全確認不十分および右折の合図等なくして右折を開始した等の過失が認められるところ、前記認定の被告の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として本訴請求外の損害を含めた原告の総損害の四割を減ずるのが相当と認められる。
第六損害の填補
請求原因四の事実は、当事者間に争がない。
成立に争いのない乙第二号証の一、二、三、乙第三号証の一ないし一六および原告本人尋問(第三回)の結果によれば、被告会社から原告の治療費として正和病院に九万二七四五円、朝田医院に八、〇〇〇円(いずれも本訴請求外)原告に対し、昭和四五年九月一八日から昭和四六年一二月二八日の間に七二五、〇〇〇円を支払つていることが認められる。
よつて原告の前記損害額から右填補分八二万五七四五円を差引くと、残損害額は八五万四七七〇円となる。
第七弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告会社に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一〇万円とするのが相当であると認められる。
第八結論
よつて被告株式会社古家商店は、原告に対し、九五万四七七〇円、およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上、明らかな昭和四六年三月三一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、被告古家善次郎に対する請求および被告株式会社古家商店に対するその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 相瑞一雄)